03.28.17:17
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10.09.00:11
【決壊の源】
何故かは分らない
俺の周りに居るクズ共と違う反応・・・
自分自身に苛立ったのか
其れとも御前が単に気に入らなかったのか・・・
俺が俺で居られなくなる
其のきっかけは御前だった・・・
A LOT OF YEARS AGO...
(十数年前...)
真夜中。
ふと見上げた空は暗雲、月は隠れ切り月明かり星明りはなく、廊下は闇に閉ざされ非情に歩き辛い。
そう言う此処は大きな・・・いや、馬鹿でかい屋敷だ。鬱陶しい事この上ない、クソッタレが。其の上、今歩いているのは縁側の廊下に当る。今の季節は夏だが、其の夜は冷夏とも言える程冷え切っていた。お陰で吹き荒ぶ風が肌を差す様な感覚に陥る。
そんな中だ、何かが聞えた。幼い子供だった時分、しかし怯え慄く様子は決してない。そんな感情は全くと言って良いほど枯れ果てていた。いや、寧ろ欠如と言っても良い。それ程に感情は無かった。
「・・・・・・・・・歌・・・」
耳を傾けた声・・・其れが歌である事に気付く。
歌は楽しげとも嬉しげとも悲しいとも寂しいともつかない綺麗なとしか形容し難い歌声。
興味を引かれふと足を向ける・・・特に意味があった訳ではなかった。只単に気になっただけだった・・・。
着いた先はどの部屋とも変わり映えのしない障子部屋、しかしこの障子部屋の障子には違う点が一つあった。
―――無数の紅い符―――
其れが不規則に乱暴にべたべたと幾重にも貼られ、何かを外に出すまいと押え付けている様に見えた。
しかし中から聞えるのは先程の歌声。
いつしかその障子部屋の前で立ち止まり、其の場へと座り込み聞き入る。
“綺麗” “怨嗟” “心地良い” “呪い” “慈しみ” “忌み”
何を如何思ったかは知らない。
その言葉が意図もなく、内から込み上げて行く。
詞の理解は出来ていない、所詮は年端もない子供だ。分り様筈もない。
だが、“感じて”はいたのだ。
年端の行かぬ子供であろうと、理性なき獣であろうと感じる事は出来る。遠くからでは聞き取れぬ物もあった。其れが今は感じられるほどに近くに来ている、其れこそが要因だった。
やがて歌声はやみ、吐息と虫の声、そして風の声のみが聞こえる静寂を呼び寄せる。
そんな中、声は奔った。
「御前、私に何か用か?」
やけに男臭い口調。しかし娘の声だと言う事だけは認識できた。
「別に・・・ただ、こんな夜に何を好き好んで音痴な歌、歌ってやがんのかと思っただけだ」
いつもの口調で言ってやる。だが、障子の向こうでは何か苦笑を堪える様な雰囲気を感じる。いや、実際に堪えているのだろう。沈黙の間に笑い声が漏れている。
「・・・・・・言ってくれるな。
歌には自身があったんだ、傷付いたぞ、どうしてくれる?」
「知るか、テメエ勝手に傷付いていやがれ」
実に不愉快な笑いだ、即言い捨ててやるがその笑いを止める様子は見せないと来ている。しかも臆せず気にせず構いもせず次には訳の分らない事をほざきやがった。
「そうだな、傷付いた・・・・・・・・・そうだ、傷物にしてくれた礼に私に嫁げ」
暫しの沈黙。
別名、場が凍ったとも言う。
実にこの場に似つかわしい物言いだと思った。その証拠に俺は今思考が麻痺している。いや、何を言われたのか分っていて、それでも尚、否定を繰り返す愚鈍な脳内神経に罵倒を繰り返しつつ次に出た俺の言葉は実に滑稽でしかし自身にとってとても意外で間の抜けた声だったと思わざるを得なかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ!?」
「聞えなかったか?私と結婚しろと言ったんだ」
「御前・・・何言ってやがる?」
「だから御前を娶ると言ってるだけだが?可笑しいか?」
「可笑しいにも程がある!初対面所か顔も知らねぇ、奴に言う言葉か?!あぁっ!」
「そんなものなのか?」
「・・・・・・・・・馬鹿にしてんのかテメェ?」
この女、異常だ。
平然とした物言いと何処か間の抜けた返答、しかし次第に罵声を繰り返す内に気付く。こいつ、今までの事全部本気で言ってやがる・・・。知識不足、と言うよりは不慣れと言う物言いがとても似つかわしい。どの言葉が全てと言う訳ではないが、所々可笑しい言動は見受けられた。
「第一、俺は御前の名前も知ら―――」
「何だ、知らないのか?狗斐 暁弥?」
「っ!知るかクソッタレがっ!・・・・・・・・・?テメェ、何処のどいつだ?」
「当ててみたら如何だ?」
あぁ、そうだ、今更じゃねぇがこの女に関しては怪しい事この上ねぇ・・・。
障子に貼られた無数の紅い符、此れは結界用の呪符に他ならない。気付いた理由は簡単だ。夏だと言うのにこの周辺に来てからと言うもの虫と言う虫が見当たらない。ふと足元を見やると蚊の死骸が、小蝿の死骸が、障子の真下に無数転がっている。そして俺が手で障子に触れようとするや否や、見えない何かが反発する様に俺の手を押しやる感覚があった。
―――要はだ、こいつが御家内でかの有名な“忌児”様と言う訳だ。
全く、御大層な結界を張って閉じ込めて・・・そんなにこんなガキ1人が怖いのか?
「如何した?何故黙っている?」
意外に長い間思案していたんだろう。不意に女の方から声がかけられた。
「何でもねぇよ、なぁ忌児―――」
「その名で呼ぶな」
先程とは打って変わって鋭く冷え切った声が紡がれる。
おまけに結界越しに殺気まで叩きつけやがって・・・クソが。
忌児様は相当この呼び名が気に食わないらしい。当然と言えば当然だが、如何にも腑に落ちない。先程までの様相を奴の性格とするなら気にするとは思い及ばない。まぁ、そんな事は如何でも良いがな?
「っけ、じゃあ、何て呼べってんだ?俺は苗字以外は知らねぇぞ?」
その一言を言って後悔する。特に係わり合いを持つつもりは無かったのに一体何をしているんだ、と・・・。当然自問に応えは戻ろう筈も無く霧散する。
大きく嘆息し、面倒事にこれ以上態々付き合う言われはないと、そう考え即其の場を立ち、部屋へ戻ろうと踵を返す・・・その時だ、不意に声がかけられた。
「静莉(しずり)・・・」
紡がれたのは如何にもらしくない小さい声、反芻するかのような、それにより噛締めるような、そんな小さな声。
其れに意表を突かれた俺は再び妙な声を出してしまった・・・情けない。
「あん?」
「静莉、私の名だ」
「あぁ、そうかよ・・・」
自分とそして静莉とか言う女の声にむしゃくしゃとした憤りを憶えつつ、其の場から早々に立ち去ろうと歩き出す。
当然と言って良いほど当然に静莉は声をかけてくる。執拗な女だ、ウゼェ。
「もう行ってしまうのか?」
「これ以上付き合ってられるかっ!」
吐き捨てる様に、突き放す様に、言ったつもりだ。だが、返ってきた言葉はあの高みから見下ろす様な物に変わっていた。
「暁弥、また来い」
「煩せぇっ!」
そうして俺は足早に部屋へ帰り、妙な出会いの夜は終わりを告げた。
馬鹿馬鹿しいほどに翻弄され、馬鹿馬鹿しいほどに罵倒し続けた夜だったが、不思議といつもの様な辟易とした倦怠感はなかった。普段から同族の美辞麗句に身を委ねさせられ、嘲笑し辟易とせざるを得なかった日々よりは余程良い。いや・・・寧ろ心地良いとさえ言える。
「・・・・・・・・・変な奴だ」
其れが、其れだけが俺の偏屈な印象だった。
だが、しかし・・・俺の口元は歪んでいて、うっすらと笑みを浮かべている事が感じられた。
「まったく・・・わけわからねぇよ」
不本意と言える感情だったが、悪くはない気分だった・・・・・・・・・
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